ただ、ぎゅっとして

Presenter:優利明 里奈
Summary:エメアゼ/小説

Presenter:優利明 里奈
Summary:エメアゼ/小説
「どうして! 今まで教えてくれなかったんだ……! そんな面白そうなこと!」
アゼムの旅と旅の間が暫く開いている時期の週末は、エメトセルクの家に集まって三人で飲み交わすのが恒例だった。
リビングのテーブルでワインを手酌するヒュトロダエウスに、その向かいに座るアゼムが詰め寄っている。エメトセルクは、持ち上げたグラスを軽く回しながら、隣の恋人にはどうせ聞こえていないであろう溜息を長く伸ばした。
「ねぇ、ハーデス、聞いただろ。……しよう!」
「人前で馬鹿なことを言うな!」
危うくむせるところだった。口の中のワインを慌てて呑み下し、いくらヒュトロダエウスの前とはいえ、さすがに嗜める。
――"営み"のお誘いなど!
話の発端自体は、生真面目な弁論だったはずだ。ファダニエルが、想いや願いをエーテルの代わりに活用する研究をしているとか、何とかで。
あぁ、そういえば性的な行為を魔法に応用する術派もあるわけだしね? と、アゼムから意見を求められたりもしたから、あれは想いというよりも、身体の感覚機能を利用して、思考や恐れの限界を突破する手法であって、それとは少し違うのではないか、と、個人的な見解を述べたりもした。そこは真面目な話なのだから、真面目に返しただけだ。
ところが、だ。
ヒュトロダエウスが言ったのだ。でもそういえば、対として選ばれた術者同士が、数日間に渡りあえて焦らし合うような性的行為を行うことによって、精神面の繋がりを深め、効果を引き出す類の儀式魔法もあったよね、と。しかもそれといったら、転じて、恋人達が"お互いにより深く理解しあうための"交感の一つの方法として一般化されているほどのものらしい、と。
確か、その名を
「えぇ……本当にするつもりなの? キミたちが? ポリネシアンセックスを?」
発祥に由来して、そう呼ばれていたはずだ。
というか、キミ、本当に知らなかったの? 頬に指先を添えて、ヒュトロダエウスが小首を傾げている。
アゼムはエメトセルクの制止を振り払って、さらにテーブルに身を乗り出した。
「わたしは本気だ! その……だって!」
その瞳が、エメトセルクの方を振り返る。
「きみと……もっと深く、交感できる方法があるなら……、何だってしてみたい……だろ……」
消え入りそうな語尾の後に、怒らないでくれたまえよ、と言わんばかりに俯いて、しょんぼりと椅子に腰掛けなおした。
へぇ……。やおらヒュトロダエウスが、するり、とワイングラスの中身を煽って空にする。
親友の前ですらも、娯楽としての夜の話は好まない――ヒュトロダエウスは理解(わか)っているが、倫理観的にというより、この男はアゼムのそういった姿を他人に欠片ほども想像すらされたくないわけで――エメトセルクも、その様子に、黙って皺の寄った眉間に手を当てて俯いていた。
フフフ、エメトセルクったら、すっかり照れちゃって。むしろ実は嬉しそうなやつだね、これは!……っふふ! どうやらアゼムの真剣さは今のできちんと伝わったらしい。うん、うん、今日もとっても仲が良くて、結構、結構!
「ごめん、ごめん! キミたちには、ちょっと難しいかな、と思ってたものだから……!」
「「はぁ!?」」
「正確に言うと、アゼムには、かな、フフッ、フフフ……!」
だって! 彼女に最後まで我慢ができるとは思えない! そんなものは日々の行動を見ていれば、わざわざ想像なんてするまでもなく簡単に予測がつく。
でも、まあ、確かに? エメトセルクとアゼムが恋人になって、かつてはただの親友であった、ということが遠い記憶になってきた頃合いだし? もしかしたら……いや絶対ムリだと思うけどね……っふふ、フフフ! おっと失礼! でも、やってみたい、って、言うんだし、ねぇ?
フフフ!
「そうだね。ものは試し、だ。今から二人で挑戦してみたらいいじゃない!」
五日間に渡る日々の段取りなら、先ほど説明した通りだよ。人差し指を立てる。二人とも十四人委員会に就く賢人なのだ。コトの段取りなんて、一度聞き流しただけで十分すぎるほどに頭に残っていることだろう。
「あぁ、そうそう。今日はワタシ、そろそろお暇しなくちゃいけないんだった。借りていた詩集を持ち主に早く返してあげたくてね」
ガタリ、椅子から立ち上がり、ウインクを一つ。
慌てたアゼムも思わず立ち上がる。
「ちょっと、ヒュトロダエウス! きみ、まだ来たばっか……!」
「あーあ、今宵はワタシも徹夜しちゃおうかなぁ!」
「おいお前、下手な演技もいい加減に――!」
たおやかに流れる詠唱が、エメトセルクの抗議を遮った。酔い覚ましに歩いて帰る間も惜しいらしい。あっと言う間に転移魔法が展開される。
「それじゃあ、お先に。また明日にでも呼んでね? エメトセルク、アゼム、良い夜を!」
闇がきらきらと光り、手を振る姿が呑み込まれる。空間の歪みがぱちぱちと散って跡形もなく消えた。
「なんだよ! ヒュトロダエウスめ……!」
「お前が言うな! ああ、くそ、お前らというやつは……!!」
後には、悔しそうに嘆くアゼムと、舌打ちを飛ばすエメトセルクが取り残されていた。
何でもかんでも創造魔法でどうにかしてしまう生活様式というのは、エメトセルクの美学とは相容れないらしい。ここでは、前の持ち主から引き継がれた物さえも大切に使われている。この屋根の下には、そういういささか懐古的な"理"が流れているのだ。
アゼムが後片付けをしている間にエメトセルクが、続きはエメトセルクが引き継いでアゼムが、と、その日の流れで決まった適当な順番で湯を浴びて、就寝用のローブに着替えたらリビングで一休み。その後は、どちらともなく手を繋いでエメトセルクの私室へと向かう。ここまではいつものことだった。
アゼムは、いつも自分が使っている方の枕に向かって身を投げ込むと、シーツの間に潜り込みながら、追って膝で上がってきたエメトセルクをちらり、と見上げた。
「わたし!……きみやヒュトロダエウスが思っているほど見境なしじゃないんだ! 全く、心外だよ……わたしにだって、ちゃんと、我慢、できる……!」
「そうか、そうか」
まだその話か――。どうやらアゼムは、先ほどヒュトロダエウスから聞いたあの余計な話に未練があるらしい。
「だって、ほんの数日我慢をすれば、きみをもっと感じられるというなら……」
ぱちん、とエメトセルクが指を鳴らす。家中の灯りが落ちるのと同時に、アゼムに手を引かれて、指先を握られた。
「わたしは本気なんだ。だから今日は、ただぎゅっ、てして寝てくれないか……ねぇ、ハーデス」
「本当にいいんだな?」
「なんだよ、きみまでヒュトロダエウスみたいに、わたしには出来っこない! なんて……」
「いいや? 私はあいつとは違う」
「ならハーデス、」
「覚悟はできているのか、と、訊いている」
夜の露で、空気がじわり、湿り気を帯びている。
「かくご?」
仕方ない。その五日目とやらが平日に当たるのはいかがなものかと思うが、ここまで、ねだられてしまっては。
アゼムから要求された通りに、大人しくシーツの中に滑り込む。両腕で抱き寄せると、身を浮かせて寄り添ってくる。頬擦りをして甘く抱き返された。
「へへっ……」
「さて、お前が望む、その段取りを確認したいのだが」
「うん、今日は何もしないんだ。抱っこだけして、お話するの。ね、たまにはこういうのも、いいだろう……?」
「ああ、悪くはないな。二日目は?」
背をさすると、脚を腰に回される。二人の間で柔らかい膨らみが潰れて、とくとくと鼓動が近くなる。
「二日目は、その……、ローブを脱いで抱き合って、キスをするんだ。でも、触れるだけのキスだから、激しいのは、だめ、だよ……」
改めて口にすると、照れてしまったらしい。俯いたアゼムのつむじを撫でながら、耳元に唇を寄せる。
「三日目は……確か、」
「ちょっ! や……、はぁ……ぁで、」
舌を這わせる。今日は、舐めてはいけない、という決まりはなかったはずだ。
固く尖った舌先が、アゼムの耳の中に雫型の影を落とす。
「キスの時に舌を入れてもいいが、それでもまだ、抱き合うだけ、なんだろう?」
「……そ、うっ、ひゃっ」
「四日目になると、やっとお前に触れられるわけだ。ただし、性器、には触れてはならない」
性器。事実を述べる以上の意図はない乾いた響きに、なぜだかアゼムは渇きを覚えて唾を飲んだ。
エメトセルクの指先に、臍の下をじりじりと押し込まれる。はっ、と息を呑んだ。涙が一筋、目尻を伝って落ちる。
「ようやく、五日目、だな? 次にここで、繋がることができるのは」
――きもち、いい。
服の上から触れられているだけなのに、身体の真ん中から彼のエーテルで満たされるのを想像してしまって。その期待だけで、もう、いきそうになっている。
「たったの四日だ、アゼム。本当にいいこにして、我慢できるんだな?」
「待っ、て!」
引っ込みそうになった手の上に、慌てて自分の手を乗せて引き留めた。大きくて、暖かい手。お願い、せめて、これは……やめないで。
「だめだ、わたしたちには、早すぎる……」
「はぁ?」
「五日間かけてとは、おおよそ初心者向けではない……! だから、まずは二日にしよう! うん、決めた」
「待て」
「やっぱりわたし、今日はきみに……せめて触れたい」
ものの数分で決め事を反故にするやつがあるか! エメトセルクは呆れた溜息を隠さなかった。
が、正直なことを言えば。止めよう、ではなく、日程を短縮しよう、とは意外な発想だった。
お前、そこまでして、
「きみと……もっと深く、繋がれるの……想像、したら、」
アゼムの指先に魔力が流れた――気がついた瞬間には、就寝用のローブと上半身の肌着が二人分まとめてエーテルに解かれてしまっている。
ひたり、直に触れ合う肌は、すでに熱を帯びてうっすらと汗ばんでいた。愛しい人が、香り立つ。
縋る指が、背中に食い込んできた。
「それだけでもう……、」
ふとももに擦り付けられる、湿った感覚。アゼムの下着の内側には、すでに熟れて滴る蜜がたっぷりと溜まっているらしい。
シーツを捲り上げたアゼムが、エメトセルクに乗り上げてくる。――今日はしないんじゃないのか。無言で睨む瞳に、へへ、と、嗤うアゼムが映り込んだ。
「ね……? 触れるだけ……挿れ、ない、からぁ……」
いいだろ……?
膝立ちになり、腰を浮かせる。片手をエメトセルクの胸の上に置き、もう片方の手は無遠慮に彼の下着の中に滑り込ませる。
欲、を捕まえた。軽く握るだけで、素直に兆してくれるのが嬉しくて。扱(しご)きながら、取り出す。引き締まった腹の方に凸を押し倒して、自分の凹んだ部分を触れさせた。
布越しに滑らせると、溜まった蜜に核まで包まれる。体温より熱い粘り気がかき混ぜられて、くちゅくちゅ、ちゅぷちゅぷ、と音がする。
「きもち……い……」
恍惚とした呟きが漏れた。普段は意志の力で爛々としている瞳が、うっそりと淡くなっている。
「あったかい……きもちいい……ね……? ハーデス……」
輪にした指で付け根を締め付けると、とくとくと脈打つ。引き締まって硬直する。こうして興奮しているのが自分だけではないということに、
あっ、すごく……わたし、
「へへ……、明日、きみが挿入(はい)ってきたら……」
想像するだけで締まって疼いて、また流れ出てくるのを感じた。本当は今すぐ貫いてほしくてたまらないけれど。それは明日までだめ、だから。
……だめ、だけど。ちょっとだけ。最後まではしないから。力を振り絞り、もう一度腰を上げる。太い杭を真っ直ぐに立たせてから、切先を入り口のある辺りに当てがった。
「おかしく、なり、そ――、」
こうやって垂直に乗り上げると、固く尖った熱にこじ開けられるのを感じられて、すごく気持ちが好いの。めり込むほどに蜜が逃げて、質量の予感で鼓動が早くなる。
「おい、アゼム」
黙ってされるがままになっていたエメトセルクの指先が、震える太ももを撫で、腰の輪郭をなぞった。指先を下着の横に引っ掛けて、引っ張られる。濡れたところの半分ほどが露わになって、空気に曝されてしまう。
粘膜と粘膜が引き合い、そっと触れ合った。
ぴくんっ! とアゼムが背を伸ばす。唇の横からついと唾液が落ちて、エメトセルクの腹を濡らした。
「このまま続けたら、挿入(はい)ってしまうのではないか?」
「それは! だ、め……ぇ」
均衡を崩したアゼムが、慌ててシーツに両手をつく。その膝が、あっけなく折れた。すでにぬかるみきった入口が、一切の抵抗なく、エメトセルクを迎え入れる。
――はず、だった。
先端が、狭くなるところのぎりぎりまでめり込んで、止まる。
「や……だぁ!」
力強い両手が、それ以上進ませまいと、華奢な腰骨をがっちりと掴んでいた。固定されて、落ちてゆけない。浮かされた下では、欲の証がぴくぴくと、まるでそれ自身が意思を持つかのように、アゼムの蜜を舐め取って揺れていた。
「厭だと? 今日は挿れてはだめ、なのだろう? 本当なら、明日も、明後日も、明々後日も」
揺らぐ息と、滲む涙と。エメトセルクは、キスを強請(ねだ)るように近づいてきた唇を躱(かわ)すと、その頬に軽く口付けた。優しく、愛情を伝える。
「はぁ、です……!」
「どうした」
「いじわる――しな、いで……っ、キス、はっ、だめじゃない……だろ……! あっ、」
お望み通り、今度は唇に軽く口付ける。が、舌が伸びてくれば顔を逸らして、腰を持ち上げて遠ざける。
「きす……」
たったそれだけのことで、こんなにも、ぼろぼろと泣かれてしまう。
――ああ、なんて、
愛おしい。
「舌……入れてよぉ……!」
素直に言えたのなら、誠実に応えてやるとしよう。薄く唇を開いて許すと、歯がぶつかりそうな勢いでがっつかれた。舌を吸われ、ぬるりと絡められる。飢えたように唾液を飲まれる。
ある程度好きにさせたところで、吸い込まれた舌を押し込んで、奥でれろり、と巻きつかせる。
「んんっ――!」
声にならない悲鳴が上がるのと同時に、エメトセルクの下半身に生暖かい雫が勢いよく降り注いだ。次々と肌を伝って落ちて、シーツに冷えた染みが広がってゆく。
きっとアゼムは、自分が吹いてしまったことにも気がついていない。がくがくと全身を震わせながら、キスに夢中になっている。
ほんの少しだけ腰を揺すってやる。わずかに与えられた刺激を貪欲に拾って、アゼムの息が足りなくなる。唇が、離れた。
「手を。放してやろうか?」
……さすがに、もう。
限界、か。
「ほら、いいのか、アゼム。すっかり力が抜けているぞ。それでは今度こそ、」
腰を掴んでいる指先の力を緩める。少しずつ沈んでゆく。
「私、が。お前の、奥まで。挿入ってしまうな……?」
「……!」
ほら。
そっと、手を離した。
一気に、落ちる。堕ちた。一切の抵抗もなく、先端が最奥の固いところに到達して、どちり、と、嵌まり込む。
「ぅ……」
重く胎を押し上げられたアゼムの瞳が見開くのに合わせて、内側が柔らかく弛緩した。それから、喰らいつくように急に締め付けてくる。予想はしていたから、なんとか耐える。
「今日は、挿れてはいけない、のではなかったか」
意地悪く問う首筋を汗が伝っていた。――余裕がないのは、どちらの方だか。吐く息に自嘲が乗る。
「はぁ、です、」
察したアゼムが微笑んだ。快楽を受け流すのに必死だけれど、もっと与えてほしくて、懇願する。
「ね……? 手、にぎ、って」
願った通り、右、左、と、順に取られる。指と指とを絡め合い、指の股を弄り合う。
魔道士のくせに剣も振るうことのできるその強い腕は、アゼムがどれほど快楽を貪ったところで、支えを揺らがせることはなかった。
腰を上下させるたび、脚がかくついてだめになりそうになる。時折、持ち上げた瞬間に支えきれなくなって、糸を切ったようにまた落下する。最奥にぐりとめり込んで、懇々と落ちる涙が止まらなかった。
次第に抵抗も境界も全くなくなってしまって、継ぎ目なんてなく繋がるのがとっても気持ち好い。もっと、を探して、いつの間にか、上下ではなく前後に大きく振れている。
「お、くぅ……っ、おくっ、あた、るのっ、すき、あ、すきっ、すき、す……き……」
背が弓形に仰け反った。ぐずぐずと浅い呼吸で嗚咽しながら、首を横に振る。
「そこ、いいっ、あ、すき、すき、あいしてる、はぁ、です、あい……あっ……い……きた……っでもっ、きょ……、おは、だめ……!」
「全く……つれないな……」
エメトセルクの指先に魔力が流れる。全体が濡れてすでに用を成さなくなって久しい最後の着衣を、二人分一緒のエーテルに還してしまう。
「私だけ、なのか?」
「な、に――、」
「私は今、お前が欲しい」
普段は理知的な男の欲がむき出しになった言葉に、包み隠す内側がわなないた。持っていかれそうになるのを堪えたエメトセルクが身を起こす。
貫いたまま、アゼムを押し倒した。上になって、腰を引いて滑らせて突き上げる。ぱち、ぱち、と、肌のぶつかる乾いた音に、同じリズムの喘ぎ声が重なった。
「っは、あっ、んっ!」
「ほら。こんなに熱く締め付けて……縋り付いて……。お前の内側(なか)の方は、素直でとても気持ちが好いぞ、アゼム」
素肌を粟立たせて歓喜する恋人の両脚を持ち上げて、膝を折って開かせる。
「ほら、力を、抜け」
入り口を上に向けさせられて、糸を引いて、繋がっている――ひたすらに蹂躙されるのを、アゼムはどこか他人事のように眺めていた。
陽の当たる間はあんなに理知的な男と。こんなに生々しく愛し合っている。
「あぅっ……!」
重力を借りて一気に押し込まれる。体重を乗せて熱い滾りをぶつけられて、視界が霧がかった。
「欲しい。愛している」
その少し拗ねたような、甘えたような声色は、きっと自分の他には、ヒュトロダエウスでさえ聞いたことがない甘い音で。呪(しゅ)に囚われたように力を抜かれて、全てを委ねてしまう。
「愛している。なあ。お前は、私を受け留めてはくれないのか?」
「ん……」
もう、だめ、と首を振ることさえもできなかった。こうしてされるがままになってしまっているのが、ひたすらに幸福だった。
「アゼム」
「ん……ぁっ……」
揺さぶられて、息の仕方すら思い出せなくなる。
「ぁ……」
「お前が望めば」
「……ふっ」
「お前にだけ。私をくれてやるというのに」
「おく……、も……はいらな……」
「アゼム。昨日は上手に出来ただろう? 最後まで飲み込め。受け入れろ。ほら、お前は私に、」
脚が解放される。自重でだらりと大きく開いて、蜜の湧き出す真ん中が双眸の星の前に明るみになる。
「駄目だと言いつつ、望んで侵(おか)されているのだろう……?」
「っ……ッ!」
おもむろに片脚を持ち上げられて、踵をエメトセルクの肩に乗せる形になる。シーツに落ちた方の脚を跨られて、二対の脚が十字を描くような位地取りで絡み合う。
真正面から噛み合う結合部が、根元まで隙間無く密着した。入口に擦れる下生えがざらざら混ざって濡れて、快感になる。
これ以上もう咲けないのに、ほら、ほらと、動きに合わせて、もっと開けと促される。にゅくにゅく、もうどちらのものともわからない体液をなすりつけ合う。太い芯を咥え込んで蠢いている。
「はぁー、ですっ」
「もう一度訊くが。お前、"今日は"どうしてほしいんだ?」
も……、きみの、すき……が、いい……。
アゼムの口元がとろりと緩む。手を伸ばす。離れないように、指が縋り合う。ね……、一緒に、
「やっぱり……わたしもっ! わたしも、きみがほし……っ……! いま、すぐ……ぜん、ぶ、さいご、までっ!」
「本当に……仕方がない……!」
「もぅ、いく……っちゃう、いっちゃう、のっ、あっ」
何度も教え込まれた通りに、素直に絶頂の到来を打ち明ける。エメトセルクの瞳が、よくできたな、と、優しく褒めてくれた気がした。
その背が丸まり、低く息の詰まる艶やかな声が聞こえてくる。
「はぁ、です……! っ!」
とくり、とろり、
「で……てる……」
広がる。
真名を囁かれる。
身体の最奥で迸った熱望と、擦り付けて塗り込まれる愛情と。アゼムの胎が、執拗に縋りついていた。
「あ……っつい……よぉ……」
一滴たりとも、逃がしてしまうことのないようにと。
一つの成果もなく、あえなく轟沈した、というのに。
見る人が見ればしたり顔だと判るエメトセルクと、すっかり悔しそうなアゼムというのは、親友が見れば、いつもと逆とは珍しい! と、手を叩いた後に腹を抱えるに違いない。
「あいつはあれでも、視る目は本物だからな。お前には到底無理だろう、諦めろ」
くつくつと笑うエメトセルクの腕の中で、アゼムは唇を尖らせていた。
「きみが! 悪いんだろ! ちゃんとわたしを支えていてくれないから!」
「呆れたものだ。そもそも途中で決め事を変えた上に、私のものを掴んで挿れようとし始めたのはどこの誰かだったか」
「そんな淫らな話をきみの口から聞いてしまうとはな……!」
「私は事実を述べただけだ。もっと指摘してやろうか。お前、挙げ句の果てに一人で動いて、お楽しみだっただろう?」
「きみ、実は楽しんでいるだろう!」
「まさか。反省を促している」
「もう!」
アゼムの脳裏に、ついには机に突っ伏して呼吸困難になっているヒュトロダエウスの姿が過ぎる。
今日の"失敗"は、明日会えば瞬時にバレてしまうに違いないのだ。二人にとって唯一無二のあの親友は、おそらくこの星で一番のソウルシーアなのだから。
……おのれ!
口元をシーツに埋める。そうやって恥を隠したところで、はみ出す肩は、薄闇でもわかるほど真っ紅に染まりきっているわけなのだが。
「まずは二日間からだ」
「はぁ」
「絶対にヒュトロダエウスを驚かせてやるんだ」
「そんな破廉恥な動機など、私は絶対にお断りだぞ」
嫌でも視えてしまう友の特性を善き才として受け留めて共生するのと、どうせ視られてしまうのならそれを利用して見返してやりたい、というのには天と地との差がある。
「わたしにも! やれる! きみと一緒なら、やってやれないことなんて何もないんだ……絶対に五日間! 最後まで! してみせるんだから!」
「浅はかすぎる……」
「ねえ、ハーデス」
しん、と沈黙が落ちる。
「明日は、ぎゅってして、寝てほしいんだ」
上目遣いで、健気に、ねだられている。
可愛いらしい……。なんて、そんなことは。心の片隅で、一瞬絆されかけた自分を叱咤して、エメトセルクが眉を顰めた。
「厭だ。そんなのは、」
「お願い、ハーデス」
普段は凛と主張する唇が、控えめにもごつく。
……ああ、全く。
この呪文(せりふ)をあと何度聞くことになるのか――早く飽きてくれればいいものだが。
アゼムの額に、渋々と歪んだ眉間を寄せた。
「お前、は。今度こそ本当に、覚悟ができているのか?」